John opened the door with the key.という文においては, 動詞 open を中心に, John は行為者格(Agent), the door は対象格(Object), the key は道具格(Instrument)であると考える. 格の定義には様々あるが, Fillmore の提唱した深層格システムを 表5.1 に挙げる([11]より抜粋).
中心となる動詞は, 自分のまわりにどういう格を集めるかを特定しておく必要 がある. この格を集める順序集合を格フレーム(case frame)と呼ぶ. 格フレームは, その動詞にとって不可欠(obligatory)なものか, あってもなく ても良いものか(optional)を指定される. 従って, 格文法の考え方は, 動詞の表 層構造支配を, 動詞の深層意味格支配へと発展させたものであると考えられる.
上述の深層格を用いて, 概念を表現する方法を提案する. ここでは, 文を生成する際, 文 のもとになるものを概念とよぶことにする. 例えば「行く」という動詞に対しての概念は, 以下のようにな る.
[*go: (Obligatory: Agent) (Optional: Source, Goal, Instrument, etc. )]ここで Obligatory は必ずなくてはならない必須格 (Obligatory Case), Optional はあってもなくても良い任意格 (Optional Case) を意味する. また, *goのように, ``*''がついたものは, 動作や物事を指し示すもので, 言語を越えて共通である. これを意味と呼ぶ. 概念はどのような文法を持つものにも共通であり, 「あげる」という動詞に対し, 「あげる人」は自分自身, 「もらう人」は対発話 者で, 「あげるもの」が花であるということを意味する概念は,
[*give: (Agent: *I)(Counter-Agent: *you)(Object: *flower)]となり, この概念をもとに日本人ならば「私はあなたに花をあげる」と文生成 をし, 英語を話す人ならば, ``I give you a flower. '' という文を作りあげる. 重要なのは, 文生成をするために必要な概念は, 任意の言語を話す人間に関して 共通であり, それを表層の文に変換する文法や変換すべき単語が, 言語によって 異なるということなのである. ここで共通である概念とは, 各動詞に対して指定される必須格, 任意格に関して も同じことがいえる. 日本語文で, 「君にあげる」という文は状況によって成立するのだが, この文を 生成するにあたって「あげる」という動詞の概念は,
[*give: (Obligatory: Counter-Agent)]ではないことに注意しなければならない. 日本語の場合, 表層では格を省略する ことが可能であるが, 表層で表現しなくてもそれが暗に深層に伝えることがで きるということであり, 日本語に関しても, また他の言語に関しても「あげる」 を意味する概念は,
[*give: (Obligatory: Agent, Counter-Agent, Object)(Optional: etc. )]と共通である. Fillmore は, 表層構造に現れる主語・目的語といった文法関係が, 実際の意味 解釈に役に立たないと指摘し, 深層格のシステムを導入するに至ったのだが, 本研究においては, 非常に簡単な文に対しての(深層格をもとにした表層の)文 法獲得を提案するため, 敢えてこれを否定する立場にとる. つまり, 表層から得 られる格は, 動詞に依存するが, 深層格につながるということである. 例えば, 動詞 give を用いた文には 主語と目的語が2つ使われるが, 主語はそ のまま深層格における動作主(Agent)となり, 2つの目的語には, 順に対行為者 格(Counter-Agent), 対象格(Object)が割り当てられる. この動詞 give には, 深層の必須格(obligatory case)として, 上の3つが指定されているのだが, そ れと同時に, 表層にも主格と目的格を2つ必要とするので, あくまで簡単な文に は適応できる.