この節では多目的最適化問題に Island 型の並列遺伝的アルゴリズムを適用するプログ ラムをABCL/f言語により実装し, 4つの例題により定量的性能評価を行なった.
多目的最適化問題のパレート解集合の定量的評価法はこれまで存在しなかったが, 個体 数, 絶対精度, 多様性, 被覆率という4項目の評価値を提案し, これを用いて9種類のア ルゴリズムを比較した. パレート解集合の視覚的な図示では分からなかった多様性 や絶対精度の違いが定量的評価により明瞭に判別できるようになった.
将来への課題として, サブ集団間の負荷バランスの不均一さに対応するために非同期実 行を実装し種々の移住手段の比較, Island型だけでなくCellular型の集団モデルの適用, 探索途中の性能評価値の変化の分析, より大規模な例題や現実的な問題での有効性の検 証などが挙げられる.
実社会で扱われる最適化問題は, リスクとコスト(またはリターン)の同時最適化が典型 的な問題として挙げられるように, 実は多目的最適化問題であることが多い. ポートフォリオの選択問題はまさにリスクとリターンの同時最適化であり, これは数十〜数百種類の株式や債権の選択と購入数がパラメータとなる組合せ最適化問 題である. 発電プラントでは燃料や空気の投入量と排出汚染物質の同時最小化が求めら れ, 数十の実数パラメータの自由度を持つ問題である.
従来のオペレーションリサーチ(OR)的手法はいずれも最終的に1目的最適化問題や線 形計画法に帰着して, 最も妥当でありそうな一つのパレート最適解を求めている. し かし, 本来はパレート最適解空間上に散らばったいくつかの解の中から, 最終的な判断 を行ないたいという欲求があるはずである. 遺伝的アルゴリズムは問題空間をを同時多 点探索し, 最終的に多数のパレート最適解集合を得ることができるという意味において 従来のOR的手法を優る可能性を秘めている. そして, 遺伝アルゴリズムはOR的手法 に比べて探索速度の点で問題があったが, 本応用システムは並列遺伝アルゴリズムを用 いることにより, プロセッサ数に対しほぼ線形の高速化が可能であることが実証され, 今後の現実的な応用に道を開くことができた.
並列遺伝的アルゴリズムを並列オブジェクト指向言語ABCL/fで実装する意義は,
記述性に関しては, オブジェクト指向言語であることにより, 全体集団, サブ集団, 個 体の3階層が極めて自然な形で記述でき, データ+機能のモジュール化がしやすかった. このため, アルゴリズムの検討中に発生した数々のプログラム修正が容易であった. 最初に1プロセッサ版を開発し, 種々のアルゴリズムを実験した後に並列版へ移行した が, 並列版への修正箇所はわずかに3箇所だけである. Island-GA は元々並列化が容易 なアルゴリズムではあるが, 本システムを通じ, ABCL/f 言語と並列GAの親和性の高さ を実証することできた.