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まとめ
この節ではマルチエージェントシステムをABCL/fで実装し, 独立・非同期に
動くエージェントとして各々を実際に並列に動くプロセッサで実装することで
その挙動を実験した. 具体的な例題として, 言語獲得と分散診断の問題を取り
上げた.
言語獲得の問題
まず言語獲得の研究においては言語学上の実際に存在
する混合言語ピジンやクレオールのシミュレーションをするとい
う目的であった. そのために言語学上の背景としてピジン, クレオール, リン
ガ・フランカといった世界中の混合言語における, 言語融合へのプロセスを調
査した. それをもとに実験システムを定義し, マルチエージェントモデルの枠
組で, コミュニティ内での共通言語獲得モデルの提案を行なった. 本モデルの
制約としては,
- お互いの語彙の共有をゆるすが, 文法の構造までは共有しない.
- 概念を持たすことにより, 有意味な会話をする. ただパースして木構造
を得るだけでは評価にはならない.
こととした. また,
モデルの機能的特徴としては
- 文法表現は深層格フィーチャ付TAGを使用した.
- 学習はGPを持たせた.
- 並列環境での処理により, 実際に起こっている言語融合の環境に近づけた.
などの特徴がある.
提案したモデルを実装し, 並列環境での処理速度の検証及び共通文法獲得の実
験を行なった.
-
並列環境の検証については, 処理速度の向上が, 認められ, さらに並列環境とい
う, 現実世界に近い環境を表現できた.
-
共通文法獲得に関しては, 会話の認識度の向上が認められ, さらに日本語と英語
の2つの言語が混ざることにより, 日本語でも英語でもない言語であるが, 両者
の特徴を持った混合言語がコミュニティ内に広まったことが確認された.
今回定義した文法は, コミュニケーションをとろうとしているエージェン
トはすでに文法を寛大にして接しているという仮定のもとで文法を定義したの
で, 非常に簡単な構造でとなっている. 例として, 英語文法は人, 称, 数等は既に
省いて表現しており, また日本語も, TAGにより語順の自由さを表現しておきな
がら, ここでは定義しなかった.
また, 本研究においては主に語順の変化の学習に焦点を当てた.
今後の課題として, もう少し複雑な文から始めて, 自ら自分のもつ文法を簡単化
することから学習を始めるようなモデルを考えることも有意義であろう.
分散診断の問題
診断システムの研究においては, 従来の集中処理方式や分散問題解決では, 大
規模化, 分散化されていく診断対象に対して十分な頑健性を保持することが困
難であったが, 分散化によって診断システム自体の頑健性が得られることを課
題とした. ただの分散化ではシステムの構成要素が分散しているため, 集中処
理方式との比較では頑健性の向上や負荷分散が見られるが, それらは十分でな
い. 従って, 分散診断を基本とした更なる改良が求められる. その改良法の一
つに各エージェントに自己を持たせ, 自己利益を追求させるというマルチエー
ジェントがある. マルチエージェントは以下の点から頑健性に優れた枠組で
あると言える.
- 自己の利益追求からくる自己防衛機能. 自身に有利な情報以外は
無視するなどの利益追求のための判断は, 一般に誤情報は利益をもた
らさないことから, 誤情報に惑わされる事なく正しい推論が行える事を
示している.
- エージェントの価値の均等化. 各エージェントが自己利益を追求する
ため, 同等の機能を持つエージェントが定義されることになる. 同等の
エージェント複数定義は, その中のエージェントが故障したとしても,
システムの機能に大きな影響を与えないことを意味する.
本研究では, このマルチエージェントを診断システム導入し, 分散システムの
主な故障に対し頑健性の向上をはかった. また, エージェントの利益追求の判
断基準として情報源の信頼度を用いるために, エージェント同士が互いに互いを
診断する相互認識ネットワークを, そして, その診断結果を推論に反映させるた
めに非単調推論を各々導入した. その結果得られた成果を以下にまとめる.
- システムの頑健性の向上. 従来の枠組では, 情報の欠落に対してのみ
頑健性が報告されていた. それに対し本枠組では誤情報に対しても頑健性
を示す事が出来た. また, 各エージェントの故障の影響が推論システム自体
及ぶことはなく, その影響は推論の情報量の減少に留まる事を実証した.
- 故障エージェントの誤情報に対応するため, 非単調推論を導入した.
あるエージェントに誤情報を流させて, その推論過程を追うことで, 実際
に推論結果が非単調に推移している事を確認した. また, この推移は
Reiterのデフォルト論理と一致する.
- これら分散診断システムを並列オブジェクト指向言語を用いて, 実際
の並列分散環境として実装した. 本稿で述べた実験結果は全て並列分散環
境で行ったものである. 並列分散環境によるプログラムの非同期な動きも
観測された.
以下に今後の課題をまとめると以下のようになる.
- 黒板導入によるボトルネックの回避. エージェント数が増える程,
それに伴うボトルネックが問題になると思われる. 本枠組では, 推論の
収束性を考慮して黒板を導入したが, この先はボトルネックの回避が望ま
れる.
- 仮説機構の充実. 本枠組では仮説推論の仮説選択方法には深く触れて
いない. 仮説推論は, 各エージェントが仮説を含む部分木を持つことで
実現されている. しかし, 診断モデルを部分木として持つことには, メモリ
の無駄に繋がる等の問題がある. 診断モデルを木として持つ事のメリット
と, メモリの無駄になるというデメリットのトレードオフの解決が望まれ
る.
- モデルをネットワークやプラント診断に適応させること. 本枠組では,
診断対象を論理回路としているが, これは異常現象伝播などのシュミレー
ションが比較的容易であるという理由に基づいた選択である. したがって,
本来診断対象として想定している, ネットワークやプラントに適応させる
ことが望まれる.
マルチエージェントシステムと並列オブジェクト指向言語の親和性につ
いて
本応用実証課題を並列オブジェクト指向言語ABCL/fで実装することの意義は,
次の 2点であった.
- 処理の高速化を実現すること
- 1人のエージェントに対して 1個のプロセッサを割り当てることにより,
非同期・独立に動く系をシミュレートすること
まず, 高速化の問題に関しては, エージェントの内部処理に相当することをす
べて 1 プロセッサ内に閉じ込め, エージェント間どうしの通信を実際のプロ
セッサ間通信とする実装をした結果, 容易に台数効果を実現することができた.
このようすは, 言語獲得に関しては,
図5.16
,
5.17
,
5.18
に
示すとおりである. さらに, エージェント数とプロセッサ数の処理速度の関係
は
図5.19
に示すとおり, ほぼ線形に相関した遷移をするこ
とも検証できた. 同様な効果は分散診断でも現れ, 図5.32 に示す
とおりである.
しかしながら, この高速化の問題以上に重要と思われるのが, マルチエージェ
ントの系を実並列環境でシミュレーションしたという点である. 実並列環境で
あることにより, 独立に推論を行うエージェント群を実現でき, 各々が協調を
めざして学習するシステム (言語獲得の問題), メッセージの到着順序に対し
てロバストな (到着順序に依らない) 計算過程 (非単調性を具現する分散診断)
を実現することができた. そもそもエージェントという考え方は, 受動的なオ
ブジェクトを進化させて, 能動的なプロセスを保持させたものである. このた
め, 並列オブジェクト指向はマルチエージェントシステムを自然に実装
できる親和性の高い枠組みであり, 本応用システムはこのことを実証すること
ができた.
Mitsubishi Research Institute,Inc.
Mon Feb 24 19:32:21 JST 1997